太陽の画家・三谷祐資

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ユーラシア大陸の聖域から日本の四季へ 2023年掲載

   全長270m絵画は、ユーラシア大陸の文明の聖域を40代に3年かけて描き、それに続く日本の四季は50代の10年をかけて描いたのだが、まさかこんな大作になるとは夢にも思わなかった。初めに描いた一本の巨樹から増殖して描き続ける内に270mになってしまった。
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新しい文明へ 2023年掲載

  私達は人類史上かつてない危機を迎えている。多くの文明が興亡したといっても、アトランティス、ムー大陸の話は別として、今より明らかに規模も小さく地球が滅ぶ事はなかった。文明の規模が大きくなるに従い、複雑になる社会の中で、環境変化の問題解決が難しくなり、文明が滅んでいったようである。耳の痛い話だが、今まさに地球上ではそうである。
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地球温暖化防止に向けて - 自然と共に生きる -

 地球の温暖化が今ほど騒がれていない30年程前(1987年)、富士山から東北の十和田・奥入瀬まで、1ヶ月かけて海沿いを描きながら旅した事があります。9月の中頃に富士を出発し、10月中頃に奥入瀬に着く予定でありました。その時の紅葉が、みずみずしいはずであったのが、陽の良く当たる所の葉っぱの一部が茶褐色になってかれているのが所々あり、全体の景色を弱めている事に気付き、温暖化の影響かと感じたものでした。
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自然と住居

 子どもの頃から自然と共に生きていたので、なるべく海や山を生活の場にしたかったが、なぜか絵の道に進んでしまった。
1980年代頃から「太陽と月と自然」をテーマに描いていて、住まいは大阪・地下鉄御堂筋線の緑地公園駅から徒歩3分の住宅街、庭にはニワトリやカモ、ウサギ、小鳥、犬がいて、実にアジアンティックな家だった。家族がクーラーと相性が悪く、その頃にはどこの家にもクーラーがあったが、我が家は扇風機、アトリエの屋根にはヨシズを乗せ、平屋の母屋はヨシズで囲み、窓の外にはぶどう棚で、天然の日よけを作っていた。そして水は、町全体が地下水と水に恵まれていた場所だったが、マンションラッシュで河川の水が入るようになり、おいしくなくなったので、物件を探して宝塚へ引っ越した。
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私のエコ住宅


美しい日本の心・富士山

 「富士は日本一の山」という歌がありますが、子供の頃はよく歌っておりました。今はどうでしょうか。高さはそうですが、日本人の心の山であります。戦後の高度成長で経済活動が盛んになり、ゆっくり眺める事も少なくなったのではないでしょうか。便利になればなる程忙しいのも不思議な事です。
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富士山を描く


厳冬富士眺雲 50号変形


自然について

 随分と合理性の元に失われるものも多く、自然を考えなくなったのが、自然と人間の関係をおかしくしている原因だと思うのです。特に日本人は豊かな自然の中に住み、四季折々の美しさや季節の移り変わりの中に「もののあわれ」や美しい情緒や繊細さを持ち、古来様々な世界にも誇れる文化を持っていた民族だと思うのですが、昨今の日本は何か合理的経済性ばかりで、繁栄はしましたが、自然からは見離されていくという危うい状態です。
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自然と風土

 20代に読んだ和辻哲郎の「風土」がやはり衝撃だった。 日本とヨーロッパの違いなど、文化の違いくらいしか考えなかったというより西洋の美術・絵画を学ぶのが精一杯で、まして風土を考える余裕などなかった。その事で後程、油絵から遠ざかる事になるのだが。
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自然に対する覚悟

 司馬遼太郎先生の貴重な話があります。フランシスコ・ザビエルの話ですが、先生が取材でザビエルの生誕の地スペインに向かわれた時、「私共は飛行機で一気に飛び、しかも大気を汚して行く訳ですが、ザビエルは帆船でしかも命がけで日本まで布教に来た訳です。」そのことを想うと、私共は何と罪の重い人間なのかと感じられたと、要約するとそのような話です。私も同じですが、取材の為とはいえその事に値するのか、という気持ちはとても大切な言葉で、私も大気を汚す事は極力少なくし、この言葉を座右の銘にして、感動を伝えられる仕事をしなければと改めて想います。
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奥入瀬にて


170m絵画「四季の国」より 夏・奥入瀬


宗教と風土

 太陽の取材等で色々な国に行って感じる事は、宗教は風土によって育てられ根付くという事です。宗教はいつの時代にも必要だと思います。宗教を必要としない方もおられますが、それは儀式的なことで人間から宗教心を抜くとただの動物になってしまうそうです。
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インド・ブッタガヤーにて


ヒマラヤ彩空 50号変形


朝日・夕日の取材について

 朝日の取材は特に大変である。家から出かける範囲だと朝の2時起きの時もある。ただ偶然に気の向くまま行けば良いというものではなく、まず調べられる範囲はそれまでに方々の手を使いながら、おおよその当たりは付けて地図を頭に入れて、朝日の方角を考えながら鳥瞰図的に考える。自然の中には山あり谷ありと制限があり、その事も考慮に入れながら、常に天気図を考え最後には勘である。必ず方位計を持ち、まだ星が輝く頃から太陽の位置を予測する。それも風景の美しい場所と情報の無いところもあり、奇跡に近い時もある。何しろ感動が無いといけないのだから。宿泊する旅行中の時は、前日の日中に行って調べる。外国の場合は特に大変で、ガイドが必要になる。行く前に前もって行きたい場所の計画を練って貰うのだが、その為の資料をガイドへ送るが届くと限らず、折角送っても届いていない場合も多い。日本のようにすんなり届くことは少ない。 ...▼ (クリックで展開します)


イスラエル(ゲネブ砂漠)にて


バルビゾンの晩秋 30号変形